カラオケボックスや居酒屋みたく、煌々と明るい店内だとまでは行かないが、さりとて意味深な暗さで埋めまくっての先走ってもおらず。時折、歓声や笑い声がどっとはしゃいで沸き立つものの、さほどには がやがや喧しくもない、なかなかにお行儀のいいクラブの奥向き。観葉植物の鉢やシックなデザインのパーテーションで、さりげなく区切られた大人数用のボックス席では、同じ人数の妙齢の男子と女子が大きなテーブルを挟んでの差し向かい。
「…でサ、やっと落ち着いたら同じ学部の子が一人もいなくて。」
「あ〜。だって、あの教授の講義って出席数も単位に数えるって話でしょ?」
「だって〜。選択教科って、早いうちに単位取っといた方がいいって、
サークルの先輩が言ってたんだもん。」
まだ飲み始めたばかりなので、話題もどこかお堅いそれだし、今のところは女子同士で交わされてるものの方が多いけど。合間に見せる秋波視線は断然、男子側へと飛んで来るものが多くなりつつあるようだし。何と言っても、
『ヤダ、今日の男子ってアタリばっかじゃない♪』
なんて。さっきトイレで彼女らがはしゃいでたぞと、この飲み会をお膳立てした銀髪頭のイケメン気取りがこそりとご注進して来たくらいだから。今宵はなかなかに盛り上がりそうな雲行きなんだとか。
「………。」
大学生という身の上になって、そろそろ一カ月が経とうとしており、これまでの学校で受けて来た“授業”とは少々勝手の違う講義とやらも何とか把握は出来つつある。一回生二回生の間は専攻科目より必修科目の方が多くて、時間割は結構びっしり埋まっているが、前期のみの受講で履修済みとカウントされる講義も結構あるとか何とか、そういった情報も集まりつつある、いかにも馴染みましたの頃合いに、
『いやぁ、ルイさん。ちょぉっとお時間いただけませんか?』
悪い虫が騒ぎ出してる奴もいて。そいやこいつ、高校時代からも、こういうクラブじゃ何だで名を馳せてたらしいから。晴れて大学生となった身だと、ここぞとばかりコンパのお誘いに乗りまくってもいるのだろう。こやつもまた一応はアメフトを続けており、そのアメフトは春の対抗戦が始まってもいるのだが。
『だって俺ら、まだレギュラーじゃありませんし。』
それに、先輩たちからも言われてんですよね、お膳立て…と。これもまた、体育会系ならではの、後輩のお勤めじゃあないですかなんてな言いようをしている、相変わらずに要領のいい野郎で。言われてみれば、こっちの面子の半分は先輩たちであり、だったらそれで頭数くらい埋めろよと思うのだが、
『何、言ってますか。女子の人にだって選ぶ権利はあるって言いますか…いろんなタイプを揃えてかないと。』
次への布石のためにも、がっかりだけはさせちゃダメ。イケメンばかりでもダメで、話が面白い奴とか、どこかおどおどしてるとか、逆に愛嬌がある可愛いタイプだとかも揃えといた方が、よくって、
『ルイさんみたいなクールなのも、一人くらいはいてもらわなくっちゃ。』
『俺は撒き餌か。』
そんなこたぁ、言ってませんや。いいなって娘がいりゃあ“お持ち帰り”すりゃあいんですし。新聞沙汰にさえしなけりゃあ、何やったってOKってもんですよと。そこんところは、それこそ高校時代の“躾け”が行き届いてる面子なので、こっちから言わなくとも判ってはいるらしい。そして…、
「………。」
正確なところを言えば、手に手にソフトドリンクというアルコールを持っての集まりであるところからして、既に新聞沙汰になりかねないことだけれども。度を超さぬようにというわきまえが、これまたきっちり仕込まれている“族上がり”。そっち方面からの騒ぎも起こすまいなとの眸を配り終えた、こういう場では今でも“総長さん”であるところの葉柱が、やっとのこと周囲へ配ってた眸を逸らし、自分の内へと意識を向け直す。ちょいと勝手の違う大学生活にも部活の方にも何とか馴れつつあり、こんなお遊びにも足を向けられるような、余裕というか落ち着きが出て来たばかり。どんなにはみ出し者を気取ってたって、生活のリズムだとか規則性ってのには弱いなと、そういうのへの見通しが立ってやっと落ち着いた自分へ、思っていたより行儀いいじゃん俺なんてな、自嘲っぽい苦笑も出るが…それよかそれより。
“…そろそろ怒ってやがるのかもな。”
前期の授業(講義)の開始と共に、部の練習や活動の方も始まって。一回生には準備や片付けといった雑用もまた義務だってことやら何やらには、まあしょうがないかとご理解いただけていた某小悪魔様だったが。こんな理由から捕まらないお兄さんだってのへは、さすがにお怒りだろうよなと、気がつきゃそんなことをまずはと考えている困ったお人。先週のコンパでは、このタイミングに携帯出して眺めてたという、掟破りというか…コンパに来ていてそりゃ何だというマナー違反をやらかした彼だったので、
『いいっすか? 今度それやったらケータイ没収しますからね。あ、それと。お開きになるまで電源は切っといて下さいよ?』
妙に目の座った銀から言われ、しかも今日の集まりは結構早い時間から始まったもんだから。おかげさんで、あの坊やとは…昨夜っからの音沙汰なし状態になってるまんまだ。
『どーせ、コンパのハシゴんなってるんだろ? 大学生だもんなしょーがないさ。』
先日恐る恐る訊いてみたらば、一丁前にも胸の前で腕組んで、そんな言いようをしていた妖一であり。一旦口にしたことを曲げるような彼じゃあないけれど、大人ぶっての背伸びから出た発言だったなら、むしろ引っ込みがつかなくなっているのでは?
“そこまで思うのは俺の自惚れなんかねぇ…。”
あれで、とんでもないほど交友関係の広い子で。泥門・雨太、両警察署の婦警さんがたとのお付き合いも相変わらず続けているらしいし、佐端線沿線の歓楽街にお勤めのお姉様がたとも仲良しこよしで。先輩がたへのお目通りを兼ねた最初の飲み会の席へ、どこぞの中堅企業の役員クラスの接待へでもこうまでずらりとは集められなかろう顔触れのラインナップ、綺麗どころを山ほど呼べたのは、何を隠そうあの坊やのコネを生かしてもらってこそだった。…ちなみに、そんなお見事な先手をあんなおチビさんに取られたのが口惜しいもんだから、銀さんてば水も漏らさぬコンパのお膳立て目指して奔走してるんですよとは、井上がこそりと漏らしてくれた“ご注進”であったのだけれども。
“他にだって…なぁ。”
こういう時に思い出すのも腹立たしい、妖一のことなら赤ん坊のころから知っておりますという、あのスカシた歯医者にしたってもそうだし。サバゲーのサークルにも入っておれば、腕のいい大工の兄ちゃんとも知り合いだし、その筋では有名人らしき工学博士に、桜庭の筋のコネの、スタントクラブのお兄さんたちとも友達で、時々サーキットや何かへ遊びに行くと言っていたし。バスケット仲間の中学生とやらもいたよな。そういう奇矯なのを差っ引いても(おいおい)、同級生のお友達ってのが優先されるお年頃なんだろうしよと。どこの子煩悩なお父さんの愚痴ですかというよな言い回し、分厚い胸板の中にてごろごろごろりと転がしてた葉柱の手元。大きめに砕かれた氷の塊だけになりかけていたグラスを、すっと横から浚った白い手があって。
「ジントニックでいいのかしら。」
「…え?」
さして媚びない硬質的な声でそう訊かれ、さして意も込めないままの反射的に上げた視線が捕らえた相手のお顔へ、
「あ…。」
葉柱の三白眼が釘付けになったのは。その彼女の瞳が、日本人には珍しい、淡い金茶色をしていたからだった。
◇
「…あ。」
わいわいと盛り上がっていたテーブルから、何かの拍子、ふと逸れた視線の先に何をか見つけたらしき、こんな場でもニット帽を脱がない井上が、妙に間の抜けた声を上げたのへ。どしたどしたと他の一回生の面子が声をかけて来たのは…実は彼らも、この輪の中からいつの間にかいなくなってた誰かさんを、視線だけにて探していたから。勝手に帰るような人じゃあないから仰々しくも探すまでもなかったが、実は一番の隠し球、あの見栄えにほわんとなる女子の人が案外といるのでと連れて来た人な上、自分たちだって…彼とこそ飲みたいのに居なくなってるなんてズルイとばかり、せめてお姿だけでも見ていられるように、何処へ逃げたか避難したのか、把握しておきたかったそのタイミング。
「ルイさん、あんなとこにいた。」
「お、ま〜たあんな端っこへ。」
「窓辺じゃないですね、今日は。」
「あたぼうよ。
ケータイ開いたらただじゃおかない、
あの坊主に“酒の席でそんなマナー違反しやがった”ってバラシますぜって
きっちり脅しかけといたかんな。」
「…その坊主へかけようとしてんのに?」
「いーんだよ、矛盾してても。それで効果あんだから。」
そんなこんなと、アメフト部一回生らが額を寄せ合うようにしてぼそぼそ小声で言い合っているところへ、
「あ、ヨウちゃん、来てたんだ。」
そんなお声が挟まったので、一同がドキーンっと凍りつきかけ、次には周囲をキョロキョロ見回したのは言うまでもなく。
「な…っ。」
「どこに居るって?」
「あの坊主、盛り場のマスコットなのは昼間だけじゃなかったのかよ。」
「…どしたの、あんたたち。」
一斉に挙動不審となってしまった男どもへ、爆弾発言を投下したご本人がキョトンとして見せる。
「いや…今“ヨウちゃん”って。」
「うん、ヨウコちゃんvv あすこにいるでしょ?」
今時はやりのアイウェア、昔風に言うなら素通しメガネの女の子が指を差した先のボックス席にいたのは、
「あれ? あんたたちのお友達のお兄さんと一緒だね。」
彼ら全員の慕う、近頃ずんと落ち着きも増して男ぶりも上がって来た、それはそれは精悍な総長殿とそれから、
「あ。」
「あれれ?」
「あの子って。」
「似てねぇ?」
淡い瞳をした、色白でスレンダーな女の子。ショートカットの髪は金髪に近い褐色に染めており、ミニTかと思うほど身にぴったりと添うカットソーに、ローライズタイプのスムースジャージだろかスリムなパンツ。そのどちらもが黒っぽい濃い色なのが、どこか中性的な雰囲気をますますのこと強めており。そんなせいでますますのこと、
「妖一に似てね?」
「だよなぁ。」
女の子を捕まえて、それは失礼だろう、あんたたち。(苦笑)
◇
それと同じ失礼を、こっちでも総長さんがやらかしており。呆気に取られたみたいに固まって、じっと凝視して来た葉柱へ、
「何よ。あたし、誰かに似てる?」
「あ? …あ、ああ、いやその。」
自分があまりに不躾に眺めていたことに気がついて。やっとこ我に返った彼の態度へ、更なる笑みを重ねていれば、
「…すまん。」
下手に誤魔化すことなくの、そのまま謝ったものだから。
「あら。」
そんな態度がよほどに意外で、しかも好印象であったらしい。スレンダーな彼女は、くくっと吹き出してから、口元に白い手を添えるとくすくすと楽しそうな笑い声を立てた。細い指にはくすんだシルバーのリングが人差し指と小指とに嵌まっていて、その同じ左側、肘のすぐ下までというカットソーの短めの袖からあらわになってる手首には、いかにも婦人用という赤くて細い革ベルトの、型の小さな腕時計。どちらも今時には珍しい装いであり、それがまた“おや”と、葉柱の眸を引いたが、
「…指輪はね、すぐに失くす性分してるから、いつも意識していられる変わったところに嵌めてるの。時計はアンティークで、といっても祖母ちゃんから譲ってもらった宝物。スイス製のいい品だから、手巻きだけど何とまだ動いてるんだよ?」
先回りして答えてくれたところなんざ、機転の利きようまでが誰かさんとそっくりであり。とはいえ、
「こそこそって見方をしないんだね。大概の奴はそうやって窺って確かめてから、遠回しに訊いて来たりする。話の切っ掛けにしたいみたいにしてさ。」
何だか、こっちがわざとそういうネタを仕込んでるように思われるのは癪だから、今みたいな答え方をしてやるんだけれど。彼女はそう言い、さっき葉柱の分も頼んでくれた追加のグラスが届くと、それを綺麗な手際でついと手前まですべらせてくれて。自分は泡をまとったイチゴが沈んだシャンパンを手に、目礼だけでの優美な乾杯を誘ってくださる小粋なお嬢さんであり。
“…あいつも十年経ったらこんな風になんのかな。”
こらこら、総長さん。言うに事欠いて、男の子と比べるのは辞めたげなさいっての。
* * *
何度目かの短縮コールを押して、でも。やっぱり変わらない、コンピュータの音声案内しか聞かれないので。もうっと膨れながら、小さな手を振り上げると、その手へ収まっていたやはり小さなモバイルツールをポイッと、背後のベッドの上へと放り上げる。
“電源切ってやがんのな。”
映画かな。それとも電波の届かない遠くまで、ツーリングにでも行ってるのかな。いや、それはないだろよ。だって明日も午後から○○スタジアムで試合がある。ルイたちはまだ、ベンチとか雑用とかだけど、そんでも行かなきゃならない立場だってのは判ってようはずで。秋大会までに実力の差を見せつけてやるためにも、その最初の基盤としての一応の義理“一回生らしいトコを見せとく”くらいは、果たす所存でいるらしかったしな。
“…となると。”
やっぱコンパかと、しっかりお見通しだったりする妖一坊や。そして、そこは…おミズのお姉様がたとの情報交換の伝手も健在の小悪魔様で。この春の彼らの繁華街での動向なんて、自分チの晩ごはんのメニューは忘れてもそっちはチェックしてあるよんとばかり、PCのカレンダー機能へバッチリと記載済みだったりするから恐ろしく。
“銀のコネだろう、まあまあ品のいい店ばっかだから心配はしてねぇけどよ。”
そのお店のお姉さんたちが相手ではなく、どこの馬の骨とも知れない女子大生との合コンだってのが、強いて言えば…ちょいと面白くない妖一くん。綺麗な金の髪に覆われた小顔の後頭部を、ベッドの端から垂れ下がってるふかふかなお布団にぱふりと埋めて、
「………。」
床に敷かれたラグへと座り込み、ベッドの側板へと凭れての。いかにも“無聊をかこつております”という恰好。階下からは、お母さんが観ているテレビからの笑い声が時々聞こえる。降りてっても良いけれど、もともとあまりテレビを観る方でもないし、お母さんの好きなドラマが、そろそろの8時と9時から始まるから邪魔してもなんだしな。時間が早すぎてネットの方も、チャットにせよ新規更新にせよ、どこもまだ佳境には入ってないだろし。
“こんな中途半端な宵って、今までは何して過ごしてたんだろか。”
昔は…そう、幼稚園に通ってた頃までは。ずっとお母さんにくっついてたような気がする。だって、あのクソ親父が帰って来なくなったしさ。それに、ネットや何やのチェックは昼からずっと暇だったからその時間帯に大体の情報は浚えたし。だから、表向きというか、そのまんま子供らしい時間の使い方が出来てて、9時台になったら素直に寝てもいたほどだったよな。
“…さすがに今、そんな早い時間に寝ろと言われてもなぁ。”
ジジババや赤ん坊じゃあるまいしと言いたげに、ひょいなんて肩を竦めているが、いや…まだ四年生だぞ、君は。別に9時10時に寝たって不自然じゃないぞ、十分に。(苦笑)
「…。」
さっき放り投げたケータイを開けば、色んな顔触れからのオフ会へのお誘いメールだって山ほど来ている。最近つれないぞと怒っておいでの妙齢のご婦人方へは、これでもちゃんと、例えば銘々へのごめんなさいメールを送ったり、婦警さんなら、学校の帰りにわざわざ巡回の途中に逢えるように調整しての出会いを演出してのご挨拶をしてみたりと。相変わらず卒のない“繋ぎ”を忘れない坊やなので、本気での愛想づかしはされてはおらず。そんな他にだって、突然の電話をかけたとて、喜んで相手をしてくれる人は数多いるし、阿含さん辺りへかけたなら、今からでも遊べるところってのへ連れ出してくれるに違いなく。
“…ルイは絶っ対に怒るだろけどなvv”
うくく…と笑ったものの、それも長くは続かない。横手にはカーテンを明けっ放しの大窓から、いやに綺麗に月が見え、明日も晴れかと…いかにも平凡なコメントしか出ては来ず。それがまたムッとして、細い眉がついついむうと不機嫌そうに寄ってしまった。
“つまんね〜の。”
いくらルイが朴念仁で野暮天でも、あんだけの男ぶりだから結構人気もあんだろな。しかも酒の席だし、盛り上げ隊長には事欠かないから却って、頼もしい寡黙な奴ってのが目立つんだよな。だからって進ほどトンチンカンな奴じゃねぇから(「ヒユ魔くん、ひっど〜い!」笑)、1対1での会話は結構気が利いてて面白いって言われるかもで。何より、酒が入れば眸で会話出来るよな雰囲気にもなりやすくて。そいで…、
“だ〜〜〜〜〜っ、もうっ!”
あんまり大声出すとお母さんが不審がるので、何とか押さえての地団駄を胸の裡でだけ踏む。大体何でルイまでが顔並べなきゃなんねぇんだよ。もう義理は果たしたろうが。ただでさえ、練習とその後の後片付けとで、放課後に逢える機会が減りつつあんのによ。その上、こういうカッコで邪魔するか、宴会部長。何だかだんだん腹立って来たらしき小悪魔様が、月の光を浴びながら、ベッドの上へと手探りを始めたのは、さっき投げた携帯を探すため。こうなったら腹いせに、銀の名義で何かとんでもないもん買ってやろうとか思ったらしく。SMのボンテージグッズがいいかな、それともシルクの下着のド派手なベビードールとか?
“いや、それよか。逆援サイトに山ほど登録してやろっかな。”
どっちも犯罪だから、よいこは絶対に真似しないように。(まったくです) 自分で放り投げといて、なかなか見つからないのに業を煮やして。立ち上がるとベッドの上へと乗り上がり、這うような恰好になってようやく捜し当てると、丁度そのタイミングで着メロが鳴った。イギリスのヘビメタバンドのメジャーなナンバーで、だが、
「…。」
すぐに出るのは何だか、いかにも待ち受けてましたと言わんばかりなので。物欲しそうになるのが癪だったからと、コールを8回数えてから出てやれば、
【何だよ、居るならとっとと出な。】
ああやっぱりルイからだ。
「何だよ、俺だって忙しいんだぞ。」
まずはの大嘘を見栄張って言ってのければ、
【…そか。じゃあ無理か。】
あわわ、ほら早速にも危ないお返事。ドキリとしたが、だからってそれだけで食いついてどうするよと、
「…何がだよ。」
出来るだけ平静を繕って訊き返せば、
【うん。今からそっち行って良いかなって。】
今週はまだ逢ってねぇしな。明日も試合あっから遅くなりそうなんでな。今くらいしか、時間空いてねぇんだ。
「…そか。////////」
うわ、何だこれ。ルイの声って、こんな低かったか? そんで、こんな…もっと聞いてたいよな声だったかなぁ。ちょっと掠れてるみたいな語尾とかが、妙に響いてドキドキする。吐息が がささって響く音まで、なんかカッコいい。
【妖一?】
「え? あ、ああ、えと、うん。俺は別に、構わない。」
【そか。】
じゃあ、今からそっち行くわ。30分とかかんねぇから。そう言って、あっけなく切れちまった。あ〜あ、今の、録音しときゃあ良かったな。でも、そか、今から来るんだ、ルイ。あ、母ちゃんがビックリするかもだから、降りられる準備しとこう。まずは部屋へ上げて、あ・いやいや、どっか出ても良いかな。ま、そこはルイに決めさせるとして♪
「〜〜〜♪」
打って変わって御機嫌になってしまった坊やの様子へ、窓の外ではお月様、相変わらずに現金ですねと苦笑しておられたそうな。
〜 おまけ 〜
「ねえねえ。その、わたしと似てる人? どんな人?」
「何だよ、詮索は嫌いって言ってなかったか?」
「されるのは嫌い。
でも、まるっきりされないと、こっちからしたくなるもんなの。」
くすすと微笑ったお嬢さんは、意味深な笑い方の品の良さまでが、どこかあの坊やと重なっていて。
「…そういう気まぐれなトコまで似てる、気の強い奴。」
「あら…。」
やっぱり下手なお世辞を言わないところが、不器用だけれど廉直で。そして…こういうタイプは好みなのか、ヨウコさんのお顔に楽しげな微笑を招いてやまずで。
「でも。だったら、今頃怒ってるんじゃないの? 自分をおっ放り出しといてコンパとは良い身分だねぇって。」
「やっぱ、そうなるかな。」
「当たり前じゃない。」
勝手にしなさいって、口では言ってても。こんな場所で女の子と逢ってるだなんてって、多少はムカッて来てるはず。
「そんな間柄じゃあないの? あんなに意外そうにわたしのこと見てたんだのに。」
俺、そんな見てたか? ええ。本人か? いや、まさか…って、そんな感じで。
「どうでもいい人なら、え?の後、あんなリアクションにはならないと思う。」
そうと言ったヨウコさんは更に、
「わたし本人を見てるんじゃあないのが残念だなって思ったくらいだった。」
くすすと微笑いながらながらも、こんのお惚気野郎めと、軽く付け足した。なかなかに出来たお嬢さんであり、
「〜〜〜。////////」
うあ、まいったな。なにが? こんな口説かれ方したの初めてだ、しかも速攻で振られてるし。
「…まあvv」
後ろ頭を掻きながら、にやりと微笑った、総長さん。こっそりとトイレへ向かう振りをして、そのまま外へのドアへと向かった大きな背中。それを指さすように少しほど傾けたスリムなシャンパングラスを、脚のところで捩よじるようにしてクルリと回したヨウコさん、
「ホンットにいい男だなぁ。」
そのまま、自分の指を見下ろして、
「あんたもあのくらい、決めて様になる男になってくれればねぇ。」
やっぱりくすすと楽しそうに微笑ったのでしたが。そっちはもはや、別の恋人たちのお話なのでした。
〜 Fine 〜 07.4.29.
*この時期と言えばというお話にしてみました。
年の差カップルと遠距離恋愛カップルと、
果たしてどっちが大変なんでしょうかねぇ?
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